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いのちの教育

某新聞社の記事にあったのですが、この手の問題は教師の教えることではない、という意見もあったそうです。
私としては、教師だけでなく、大人全体で子供たちに教えていかなくてはいけない問題だと思っています。

おおよその動物愛護などというものは矛盾に満ちたものである、みたいなことを言っていたのは動物行動学者のコンラートローレンツ氏であったと思います。
人の命も動物の命も重さは一緒、などと言っている傍らで、工場の部品を作るがごとく、なんの尊厳もなく家畜を含め他の動物たちを殺しまくって食っているというのが実情ですから。
さらに酷いのは、食いきれずにかなりの部分を捨ててしまっているという問題もあります。

大抵の人は、矛盾を矛盾と受け入れ、上手に環境(社会)順応するわけですが、そう出来ない人はベジタリアンになってみたりするわけです。

動物愛護というのも突き詰めれば、矛盾だらけのような気もしますが、あって許される嘘があるように、あって許される矛盾であると思っています。

大人にさえも解のない問題を子供に突きつけるのは、大変難しいことだと思いますが、少しずつ少しずつ考えれるような場所を提供してゆければよいと思います。

このお話はこの11月に映画になったそうです。
ブタがいた教室

Comments:6

Amon 08-11-04 (火) 13:01

私は子供の頃、爺さんちのニワトリでこれをやられました。
赤とんぼの羽根をむしったり、バッタの足を折ったり、カエルに爆竹を突っ込んだりするのも同じ事かと思います。
ベジタリアンというのも、なんだかなぁ〜。命を食らっているのは同じだと思うんですがねぇ。
ごん父さんもおっしゃっている様に、矛盾をどこまで許容出来る様に経験が出来るのか?っていうのが本当のところではないでしょうか?経験と情報は違うんですけどね。「教える」っていうのもちょっと違う様な気がします。

私には、なんでわざわざ「映画」にしたのかがよくわかりません(w

ねこまんま 08-11-04 (火) 15:16

昔は、あえて教えなくとも学ぶ環境はありました。
でもねぇ、魚が切り身で泳いでるって思ってる人もいる現代では
知らせる必要性があるんではないでしょうか?
但し、教師だけでなくそれを担っていく必要性があると思います。

たとえ知っていても、食文化の違いで嫌悪感を持つ事もあるわけです。
植物にせよ、動物にせよ、命を頂かなければ生きていけないのが現実です。

小さい時、トンボやかえるを殺して、怒られた経験はあると思います。
叱ってくれる大人もいました。コンクリートジャングルでもありませんでした。

今、地方に住んでみても、清潔で家畜どころか、
ペットのいない生活の方が、大多数です。
自然に教わり、育まれて行くはずの想像力の欠如を感じます。
体験を伴わない知識は、絵に描いた餅でしかありません。
所詮、人間知は、エゴで人間に都合よく解釈され、矛盾を含んでいます。
バランス感覚を どう取るかだと思いますね。

ごん父 08-11-04 (火) 15:52

>Amonさん
私はベジタリアンの方々を尊敬申し上げますよ。
昔の偉い坊さんと同じで、自ら欲を絶っているわけですから。
Amonさんも、もういいかげん肉食うのはやめたほうがいいですよ(笑
人のこと言えないけどー。

>ねこまんまさん
今回、小さな子供さんのいる家に犬を引き渡したことで、色々考えていたところに、この記事を見つけまして、なるべく抑え気味に書きました。
きっと、子供たちが思秋期になる頃、犬は寿命を全うし、子供たちは泣きじゃくって犬の死を悼むのであろうなと...。
ずいぶん前から言われていることではありますが、大人も含めて、私もですが、死にたいするリアリティが欠けていると感じています。
平和で良い事なのですけどね。

ぶんた 08-11-04 (火) 19:26

初めまして!かな?......
1年半ほど前に、友人のオーシーの里親捜し騒ぎの時に(^^)、このサイトを知ってから、コメントを入れていないような?......
いつも読み逃げさせていただいています!。

命の問題を人(子供を含めて)に今教えるのは難しくなってしまっているように感じます。
確かに動物であれば動いていますから、命と認識してくれるのですけれど、植物は動いて(実際には動いて成長をしているのですけれど)いないために、命として扱ってくれない人がいますね!。

食事をする=命を戴くということをもっとしっかり教育して欲しいですね。

自然界には矛盾はないと思います!、矛盾は人間の自然界に対する無知から来る言葉だと思います。人間だけが矛盾を抱えていると思っています。

私はいつも矛盾を抱えているような気がします!、保護できる子!保護できない子の運命の分かれ目はほんの些細なこと!、いつも悩みます。
でも助かった子には、一生懸命ですけれど.....

めいママ 08-11-04 (火) 21:52

「知ること」が大切なんだと思います。
「知らない」「わからない」では、いけない、すまされない。
「知ろう」としたり、「考える」事が必要なんじゃないかなあ。
このクラスの子どもの意見は、真っ二つに別れたんですよね。
『在校生に飼育を引き継いでもらって、命を助けたい』意見と、
『在校生に押しつけることによって、万が一何か事故があったら、どうするんだ、自分たちに責任が取れるのか。だったら、哀しいけれど、食肉センターに』という意見と…
小学校6年生が、そこまで考えたことに、意義があると思います。

ごん父 08-11-04 (火) 22:56

>ぶんたさん
はじめまして!
えーと、私は、アンブロシアドッグホームが立ち上がる更に以前、たぶんエンデュミオン君が里子に出される以前から、リンクなどで存じておりました(爆
書き込んでいただきまして、ありがとうございます。

愛護団体さんの中でも、命の行方を決定しなければいけない役目を負った人は、大変だなと思っております。

確かに今時の子供より大人の方が終わってるかもしれませんね(苦笑
仰る通り矛盾を抱かえる人間ですが、そんな人間だからこそ可愛くもあるような気がしてます(笑

>めいママさん
この動画を観て良かったのは、親御さんが「逃げないで自分で責任をとりなさい」と子供たちを嗜めたところ。
うまい具合に最後は先生が結論をだしたところ。
小学生に結論を出させて責任を負わせるのは、少し酷だと感じています。
先生も言っていますが、結果が良かったか悪かったかわからないけど、一生懸命だった、というところ。

家畜たちに関しては、ほとんど隠匿されているような現代ですから、まず知ることは大事だと思います。
だた、なかなか実体験として死に直面できない中で、犬や猫などの人間より寿命の短い動物たちは、子供たちにとっては良い教育者であるのではないかと思っています。

こめんとをどうぞ!
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